しばらくは、彼らは働かなくても団塊世代の親の稼ぎを食いつぶして生きていけるでしょう。しかし、私が常々書いているように、彼らの存在が社会コストとして重くのしかかる日がいずれやって来ます。避けようもなく。
15の春を泣かせずに済む社会を築くのが、私の親の世代の悲願でした。学籍は優秀だけれど、金銭的な問題で進学が叶わない生徒をこっそり自衛隊に入隊させていた、それが進路指導を担当していた頃の私の父の願いでした。それはいま、事実上、達成されました。
たいした選択もせずに、選択のための努力すらせず、ふるい落とされもせず、子供たちが大学に入れる社会を達成した。今や、ふるい落としの最後の砦となった就職すら、社会は企業側に難癖を付けて、門戸を広げよ、出身大学で選別するな、完全雇用を実現せよと迫っている。
われわれは、唯一就職を除いて、若者がふるい落とされずに済む社会を実現したけれど、残念ながら、私たちが暮らし住むこの社会は、桃源郷とはほど遠い状況にある。その現実の前に、ひとまず理想が達成された社会で、いかにふるい落としのシステムを機能させるかを、今一度考えるべきではと思います。
大石英司の代替空港 - ふるい落とせない社会 (via yellowblog)